無益な行いは何もない

聖書 Ⅰコリント15:58
(あなたがたは)主にあってむだでないことを知っているのですから。 Iコリント15:58

慢性痛で歩けなくなり、うつとの戦いも3年目に入って、「私の身体はもうボロボロ。誰の役にも立たないみたい」と、友人に打ち明けました。すると、彼女は優しく「私が笑顔で挨拶しても、あなたの話に耳を傾けても、何の役にも立たない?あなたのために祈ったり、優しくしたりしても何の役にも立たないの?」と言いました。「もちろん、そんなことは無いわ」と答えると、彼女は「だったら、どうしてそんなことを言うの。あなたは、私や他の人のために笑顔で言葉をかけたり、祈ったりしているでしょう。」神のためにするなら無益なことは何もありません。それを思い出させてくれて、神に感謝しました。

使徒パウロは、コリント人への手紙第一15章で、私たちの肉体が今、弱かったとしても、強いものによみがえらされると語ります(43節)。神はキリストにあるよみがえりを約束してくださいました。ですから、私たちが神を思ってした小さな親切でさえ、神が御国のために用いてくださると信じることができます(58節)。

身体が自由に動かなくても、私たちの笑顔や励ましの言葉、祈りや試練の中で示される信仰が、キリストのからだを建てるために用いられます。キリストのからだは、互いに支え合う多様な信仰者によって造り上げられるのです。神にささげる行いで無益なものはひとつもありません。

イエスさま、私たちを価値あるものとして他の人を生かすために用いてくださり感謝します。

自分にあるもので自分に出来ることを行い、結果は神に委ねよう。
0 Comments

Leave a reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

:boyface: :girlface: :manface: :womanface: more »

お問い合わせ

お問い合せは、こちらからお願いします。

Sending

© 2017 atrie.ca  |  Design: NetPalette

Log in with your credentials

Forgot your details?